院長紹介
■ 院長・医学博士 永田 悟

広島に次いで長崎は昭和20年8月9日に原爆を投下されました。この原爆一発のため瞬間的に命を奪われた人々は11万人を超えます。
私は爆心地に最も近い城山小学校に通っていました。毎年8月9日の原爆投下時間になると、校庭で黙祷(もくとう)を捧げます。この校庭で一瞬にして1,000人もの児童が整列して伏せたまま白骨化していた事や、原爆の凄まじい威力・放射能による2次的被害など様々な話を先生からうかがっていました。
私は子供心に「そのとき長崎で命の助かった人はラッキーだなぁ」と単純に思っていました。ところが、根底から揺り動かされる事実を聞かされました。原爆から発せられた灼熱の爆風は、人々の肌を焼き、重度熱傷を負った人々は、応急手当の処置により長期間の苦しみに耐え続けたのち、ようやく命を取り留めました。
「これで治療が終わったよ」と聞かされた患者さんたちは、耳や鼻、眉・まぶた・毛など無くなっている、変わり果てた自分の姿を鏡の中に見て絶望し、やがてその現実に、もはや生きる希望を失い自らの命を絶った若い女性が6,000名もいたと聞かされました。この若い女性たちを「原爆乙女」と呼んでいます。「人は外見ではなく、心の中が重要だ」と聞かされたいたのに、生きる力を失う程の外観という状態があるのだな、と思い知らされました。
それからは私は、「無くなった耳・鼻・眉・まぶた・毛も医学的に再建できれば、死なずにすんだのに」と強く考えるようになりました。小学5年当時の私を強く揺り動かしたこの話は、私を形成外科医へと導く事になりました。
体表の中で最も複雑な形をしている耳は形成外科分野の中で、最も困難な再建手術と言われています。現在、耳の再建手術を2,000例以上手がけており、その他の再建分野も幅広くおこなっています。最近では他病院で、すでに小耳症手術を受けたものの不幸な結果となった耳介の作り直し手術が永田小耳症形成外科クリニックにおいて激増しています。
当院には欧米をはじめ世界中から各国を代表する医師が、永田法を学びに留学して来ます。それら留学生の教育にも力を入れて取り組んでおります。
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出身大学 資格 |
1978年 鳥取大学医学部卒業 医学博士 |
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| 学会会員 | ・日本形成外科学会 ・日本頭蓋顎顔面外科学会 ・イギリス形成外科学会誌(BJPS) Editorial Adviseory Boad Member ・International Conference on Advanced Digital Technology in Head and Neck Reconstruction : Future Directions・ Scientific Advisory Committee ・アメリカ合衆国形成外科学会(Corresponding Member) ・フランス形成外科学会(Foreign Member) ・ヨーロッパ形成外科学会(Foreign Member) |
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称 号 |
アルバータ大学外科(カナダ) Adjunct Professor |
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専門分野 |
小耳症に対する全耳介再建術および再々建術(1,000症例以上) |
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論 文
学会発表論文などの 院長履歴
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アメリカ形成外科学会誌
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| 教 育 |
小耳症に対する耳介再建術は、永田法として世界のテキストとなり、最先端のスタンダード術式となりました。 アメリカ形成外科学会が発行した形成外科医のためのテキストブック最新版における小耳症治療分野はハーバード大学のエリクソン教授から永田小耳症形成外科クリニック院長の永田悟が依頼を受けて執筆しております〈上の論文をクリックし参照〉。 アジアでは長夷記念病院形成外科からのfellowship programとしてズン・チャン・チェン医師が台湾より留学し、耳介再建を学んで帰国し、台湾の小耳症患者さんの治療を永田法で行っています。マレーシアではチャールズ・リー医師、韓国ではチュール・パック医師も永田法を行っています。 欧米をはじめとする各国の形成外科学会や国際形成外科学会などからの要請を受け招待講演や形成外科医教育目的のインストラクショナルコースや教育用デモンストレーション手術などを頻繁に行って来ました。〈上に前述した招待講演をクリックし参照〉 イギリス形成外科学会が発行する形成外科学会誌においては,Editorial Adovisory Board Memberを行っています。 以上のように、形成外科先進国を代表する研究機関(大学)に対し、Lectureおよび教育目的手術を行い、一個人クリニックの院長でありながらも正に国内の大学院大学教育を超えるレベルの教育指導を世界的に行っております。
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